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ゴッホ、モネ、ルノアール、フェルメール、ダヴィンチ、クリムト、セザンヌ、モディリアーニ・・・等の、誰もが知っている巨匠の有名絵画を画像つきで解説していきます。ブログで楽しむ有名絵画(アート)の美術館。アートを気軽に楽しんでください♪
ルノアール 


1841年~1919年 印象派
ピエール=オーギュスト・ルノアール(Pierre-Auguste Reoir)

<年表>


1841年 フランス中南部のリモージュに生まれる。
1844年 一家でパリに移住
1850年 陶磁器の絵付け職人として働き始める
1858年 働いていた店が潰れ、職を失う
1861年 シャルル・グレール画塾に入学
1862年 官立美術学校に入学。モネ、シスレー等と出会う
1864年 初めてサロンに入選
1865年 リーズ・トレオと交際
1874年 第1回印象派展開催
1880年 自分の作風、そして印象派の技法に疑問を持ち始める。
1881年 イタリアへ旅行をする。古代ローマやルネサンス美術にふれる
1884年 カミーユ・コローの研究のためラ・ロシェーヌへ旅行
1885年 長男ピエール誕生
1890年 アリーヌと正式に結婚
この頃からは重度のリウマチにより絵画制作に支障が出るようになるが、制作意欲は衰えることなく、制作に没頭する。
1894年 次男ジャン誕生
1901年 クロード(通称ココ)誕生
1896年 妻の故郷であるパリの南東160kmエッソワ村に自宅購入
1907年 南フランスのカーニュに移住
1915年 妻、死去。
1919年 12月3日、78歳で死去

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1841年2月25日フランスのリモージュ生まれ、19世紀の印象派の代表画家として有名な画家ピエール=オーギュスト・ルノアール。


1844年、4歳からは家族全員でパリに移り住む。


13歳になると、経済的理由で学校へ行けなかったルノアールは陶磁器の絵付け職人として働き始め、


絵の才能を開花させていくものの、1858年当時、時代は機械で食器にプリントする技術が導入され始め、


その為もあって勤めていた店がつぶれて職を失ってしまった。


次の職として、扇やブラインドに絵を描く仕事を見つけた。


この頃はルーヴル美術館に足しげく通い、模写をして技術の習得に励んだ。


1861年、シャルル・グレール画塾に入り、本格的に絵画の勉強をはじめ、ここで後に同じ印象派となるモネやシスレーと出会う。



1862年、官立美術学校に入学し、モネやシスレー等とよく森へ出かけ、自然光のもとで絵を描いた。
この自然の中で制作するスタイルが、印象派の特徴となる。


1864年、初めてサロンに入選すると、その翌年にも2作品が入選した。


1865年リーズ・トレオと交際し始め、その後からルノアールの作品にモデルとして登場するようになる。


1870年には普仏戦争に徴兵され、絵画制作から一時離れることとなる。


1874年、第一回印象派展が開催され、この展覧会にルノアールも参加した。


ここでモネが出品した「印象・日の出」を皮肉って評論家が彼らを「印象派」と呼んだことから、「印象派」という名前がついたとされる。


この頃のルノアールは、あまり乗り気ではなかったが、時代が肖像画人気だったため、依頼された肖像画をよく描いている。


1880年頃から、今までの自分の作風に疑問を感じ、そして、光の効果を重要視し、輪郭等の形状を失った印象派の作風に疑問を抱き始める。


1881年~1882年にイタリアへ旅行し古代ローマやルネサンス美術にふれ、そして1884年にはカミーユ・コローの研究のためラ・ロシェーヌへ旅行。


これらの機会がルノアールの作風を変化させた。


1885年、アリーヌ・シャリゴとの間に息子ピエールも誕生し、1890年に正式に結婚した。


彼女とは、結婚する10年ほど前からルノアールと知り合っており「田舎のダンス」等の作品のモデルを務めている。


この頃からしばらくは、子供も生まれ幸せな生活が続き、1900年にはフランス政府の勲章まで授与された。


そんな中、彼を病魔が襲い、1890年頃からは重度のリウマチにより絵画制作に支障が出るようになった。


このような状況でも、絵画制作は続け、体調を考えパリのアトリエから、妻の故郷であるパリから


南東へ160キロの村、エッソワで過ごすことが多くなり、1896年ここに家を購入した。


1907年にはニースの近郊のカーニュに居を構え移住。現在ここはルノアール美術館となっている。


晩年、ルノアールは病と闘いながら、それでも絵画制作を止めることなく、筆がきちんと持てなくなっても、


制作を続けたという。


その頃、彼の名声はますます高まり、業績が称えられた。


生涯にわたり、作品は風景画や家族・親族・自画像・友人・画家・画商・裸婦など身近な人物を始め、


パトロンや芸術愛好家、特定のモデルなど人物画が多いが、風俗画や神話画、静物画なども手がけており


幅広いジャンルを描いている。


1915年妻アリーヌ・シャリゴ死去。


1919年12月3日、ルノアール78歳で死去。


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<作品一覧>
・ピアノを弾く二人の少女
・花瓶の花
・花瓶の花
・春のブーケ(春の花)

・青い花瓶のアネモネ
・白いエプロンの少女
・青い帽子の少女
・モデルの肖像

・ロメーヌ・ラコー嬢
・ムーラン・ド・ラ・ギャレット
・じょうろを持つ少女(ギスカンヌ嬢)
・雨傘
・イレーヌ・カーン・ダンヴェルス嬢
・草むらの中の坂道
・ばら
・ベニスのサンマルコ広場
・アニエールのセーヌ河
・田舎のダンス
・ブージヴァルのダンス
・都会のダンス
・エチュード若い女のトルソ、陽の効果
・ラ・グルヌイエールにて

・ラ・グルヌイエール
・ぶらんこ
・ピアノに寄る娘たち
・バレリーナ(踊り子)
・テラスにて
シャルパンティエ婦人とその子供達
・オダリスク
水浴する女性
Woman Arranging Earring(イヤリングをしている女性)
・花瓶にはいったバラとジャスミン
・落穂を拾う少女
La Promenade(散歩)
In the Meadow(草原で)
Idyll(Lovers)田園生活(恋人たち)
Beach Scene(浜辺の水遊び)
At the Cocert(コンサートで)
・足を組む裸婦と帽子
・アルフレッド・シスレー夫妻の肖像
・菊
腰掛ける娘
・桟敷席
・若い浴女

・狩りをするディアナ
・舟遊びをする人々の昼食
・女性大浴女図
・日傘をさすリーズ
浴女




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